2011年01月13日

永住権を申請して日本で待っているときに母から言われた一言






朝のワイドショーをよく母と一緒に見た。33歳でオーストラリアに永住権を求めて来て、その永住権を申請日本に帰って結果を待っている半年間の間のことだった。宮尾すすむさんの「ああ日本の社長」は二人の好きな番組でもあった。ビックカメラの社長の話など、今も覚えている。

「大学まで出て、そこそこの会社に入って、辞めてお母さんと朝からテレビ見てるって、どっかおかしいと思わないかね。」可なり応えた母の一言だった。

この社長シリーズでは、若いころに可也苦労して社長になった方々の話が多かったように思う。宮尾さんの語り可笑しくて二人で笑い転げながらも、私は、心から笑うことはできないでいた。

「悔しかったら、お前もああなってお母さんを安心させてよ。」

オーストラリアに来て、まずカフェで皿洗いをした。そして、日本食レストランでも皿洗いをした。テレビで見た、皿洗いから始めて社長になった人たちのことを思い出した。しかし、皿洗いをしていて皆が社長になれるなら、世の中社長だらけになる。

日本食レストランでは粉にまみれて天ぷらも揚げていたが、どうにもカラッと揚がらない。180度の温度調節が難しい。ベテランのシェフに、目の前で私が揚げたてんぷらを捨てられたこともあった。慣れない包丁で指を切った。料理なんかほとんどしたことがなかった私が日本食レストランで働いている。しかし、なんとか永住権を取得して1987年3月に再びオーストラリア入りした。

永住してから、すぐ結婚して数年で別れた。その別れた妻の母親に、「あんた、日本に帰った方がいいよ。」と静かに言い切られ顔がずっと上げられなかった。脛は傷だらけで、人の脛も借りないとならない。しかし、日本に帰るわけには絶対にいかなかった。

私は、基本的には飽きっぽい人間で、ほとんどのものには飽きてしまうのだが、その中でしつこく追い求めてきたものがいくつかあって、それらに関しては絶対に諦めないで今に至っている。



Posted by タコ社長 at 10:24│Comments(4)
この記事へのコメント
私も自分がやりたいことを追い求めている時に、自分よりもいい条件で仕事をしている友達を見ると不安になったものです。
その時は、親に専門学校まで出してもらったのにと悩みました。
でも親はいつまでも親です。
子供が本当に楽しそうに、幸せそうにしている事が、親を一番安心させることなんだと思っています。
もちろん、お金も大事と言われますがw

追い求めてきたもの、それはなんですか?
Posted by 小梅koume小梅koume at 2011年01月14日 08:44
私は、オーストラリアで日本語学校をやる、という夢を持って移住しました。文化の小さな架け橋なんて意気込みでした。

それを続けることが一つでした。そして、この地に根を下ろして、この地に責任をもってやっていく、という思いでした。フラフラした根なし草だけにはならないようにと。

足が8本あるので、あっちこっちに根を下ろしているのが問題ではありますが。
Posted by タコ社長 at 2011年01月15日 12:12
ご返答ありがとうございます!

足が8本ですかw
根を下ろしているのですから、素晴らしい事だと思います!
Posted by 小梅koume小梅koume at 2011年01月26日 08:43
小梅さん、ありがとうございます。吸いついたら離しませんから、と言ったり言われたりしております。
Posted by タコ社長 at 2011年01月27日 07:55
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永住権を申請して日本で待っているときに母から言われた一言
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