2010年09月27日

トップレスの女性に道を訊いたダーウィン

トップレスの女性が目に入ってきた。仰向けになり両肘をついてやや体を起こした姿勢で、砂浜を歩いている私の方を見ている。行きはタクシーで行ったダーウィンの戦争記念館から帰りの足を失い、仕方なく海沿いを歩いて帰ることにした。本当にこのまま歩いていて戻れるのか不安になり、誰かに道を訊こうとしていた。これが噂のトップレスか、などと喜んでいる場合でもなく、他に全く誰もいないので砂に足を取られながらも近寄って話かけた。
女性は立ち上がり、両手を腰に置き堂々としかも弾んだ甲高い声を発し笑顔でこたえてくれた。はち切れそうな、とはこういう時のためにあった言葉かとさえ思える肢体。それにしても、何と潔く物怖じしない大らかな態度なのだろう。そのまま一緒に昼ご飯でも食べたい衝動に駆られた。移住を決める要因は、その国の美しい国土、自然などにもあるだろうが、やはりそこに住む人の人間性、国民性が大きい。広大な大地オーストラリアで、それこそ正にこの垂乳根(たらちね)との出会い、その後大いに参考にさせていただいた。
実はこのダーウィンでもう一つ忘れられないことがあった。訪れたこの戦争記念館で第二次世界大戦の歴史を知ったことだ。日本の空軍は、ここを何と60回以上も爆撃して、243人の死者と300人を超える負傷者を出していたという事実を始めて知ったのだ。
当時、オーストラリア人は、日本軍が上陸して攻めてくると本当に信じて心配していたという。同じ時期のアメリカのことは、アイゼンハワー将軍(後の大統領)の不倫なんていう話まで知っているのに、オーストラリアのことを何も知らなかったのだとわかり愕然とした。この国の人を知るとともに、日豪関係などをもっと知りたいと強く思った。そういう意味では、このダーウィンの旅は大いに刺激となった。
1985年、私は9年弱勤めたサラリーマン生活を自ら下り、日本語教師になる勉強をしてから、東京は東村山の家を出て、単身でオーストラリアまでやって来た。「自分の人生の行き先は、会社が決めるのではなく自分で決めよう。自分に自分で辞令を出そう」と会社を辞めたときは粋がって言ってはいが、実のところそれは日本という国に、そのシステムにフィットしきれない落ちこぼれの遠吠えのようなものであったような気がする。
しかし、根っからの楽天家、悪くいえばリスクの見えないノー天気な性格で、人生には次があるというポジティブな気持ちでやっていた。こういう気持ちがなければ、ビザもなく仕事もないままオーストラリアに飛び込むなんてことはできなかっただろう。
自分の好きなことを、そして自分を活かせることを、移住者に寛容な国オーストラリアでやってみたくなり、人生のやり直しの旅に出た。大いに遅れてきた青年33歳、私にとっての初めての先の見えない冒険だった。
メルボルンに住み始めて25年、最初は日本語教師の職につき、そしてこの13年は「タコ社長」をやらせてもらっている。何の因果か、日本と歴史的に因縁の深いオランダを祖国とする両親から生まれた、いわゆる「オランダ系の連れ合い」と知り合い入魂になった。こんな地球の南の果てで、あと2年もすれば還暦を迎える日本のオヤジが、ハーハー言いながらも生きている姿を少し日記でお伝えしたい。この国に興味を持っておられる方々、移住や留学、国際結婚を考えておられる方々、退職後の一時期、中長期に住んでみたいと思っておられるような方々にぜひ読んでみてもらいたいと願っている。そして、いつもポジティブで楽天的にやっていけたら、仕事を何度も変えなくてはならなくても、住む所が変わっても、添い寝の相手がこれまた何度も変わったとしても、腹の底から大声で笑ってやっていけるというメッセージをお伝えできたらと思う。
日本に帰るたびに思うことがある。親の仇にでも出会ったような恐い顔をして歩いている人が多いということだ。「への字立憲君主国」とでも名づけたいくらいだ。怒ったような顔をしていないと、まともに仕事をしていると見られないからだろうか。へらへら笑っていてでもしたら、切り捨て御免で切られ兼ねないような社会なのだろうか。ご両親の移住で、子供のときにこちらに来た娘さんが、日本で3ヵ月生活して帰ってきてもういいですと言った。日本では、知らない人とでもニッコリと挨拶したり話しこんだりすることがなく、長く住めないということだった。への字の成人、無表情の若者たちが多くなっているのだろうか。
オランダ系の連れ合いの父親は、笑顔の絶えない人だ。そのDNAを受け継ぐ連れ合いもしっかりとそれを踏襲していて私に「笑顔がない!」、といい続けている。世界経済も大変なことになっていて、日常生活では笑っていられないことが多いのが事実だ。そんな中、私にとって日記を書くことが救いになっている。書きながら大笑いすることがある。そして、ブログなどを読んで下っている方々に、それをお伝えできることが喜びになっている。連れ合いの父親は、メールや電話の最後に必ずこういう。「Keep smiling Tako !」

これはそのまま私から皆様へのメッセージでもある。




Posted by タコ社長 at 19:10│Comments(2)
この記事へのコメント
あの堂々とした風格にはいやらしさは微塵も感じさせませんよね。
アートと言っても過言ではないと思います!

今日のブログを読んで、タコ社長さんにお会いしていろいろとお話を聞きたいな~!!と思ってしまいましたw
これからのブログの記事本当に楽しみにしています!
Posted by 小梅koume小梅koume at 2010年09月28日 09:12
そうなんですよね、堂々とされていると、こっちが裸でないのが間違いであるような感じというか。

はい、いつか是非赤ワインでも飲みながらお話いたしましょう !
Posted by タコ社長タコ社長 at 2010年09月28日 12:57
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    コメント(2)